アリストテレスの倫理学について

私は幸福とは何か考察するために『ギリシアヘブライの倫理思想』からアリストテレスの項目とモーセ十戒の部分を引用していきたいと思う。

1『ニコマコス倫理学』の位置づけと構成

 アリストテレスに帰せられる倫理学書は三つある。『大道徳論』、『エウデモス倫理学』そして『ニコマコス倫理学』である。このうち『大道徳論』はロゴスの活動に徳性を認めないなどアリストテレスの基本思想と乖離する面があり、現在では後世のアリストテレス学派による作と考えるのが一般である。『エウデモス倫理学』はかつては、アリストテレスらしからぬ宗教的色彩が濃いなどの理由から、弟子のエウデモスが書いたが、大幅に手をいれたものと考えられたこともあったが、現在ではむしろ若い頃のアリストテレス倫理学の構想であり、彼の真作であるとみなすことが学界の定説になっている。しかしいずれにせよ最も成熟した倫理学の体系を表しているのが、庶子ニコマコスの編集に帰せられる『ニコマコス倫理学』である。これはアリストテレスの他の著作同様、講義用ノートであって、公刊されたものではない。脱線や重複なども少なくないのは講義年度ごとの加筆修正補注などを編集者が総て取りこもうとしたためと思われる。しかし全体としては各巻の量も一定し、整然とした構成をもった、アリストテレスの倫理思想の集大成とかんがえられる。
構成略

2 プラトン倫理学との相違点

 プラトン倫理学との相違点
『ニコマコス倫理学』第一巻序説の背景には、プラトン倫理学との方法論的な相違点が見て取れる。

(1)プラトン倫理学のような厳密な論証と確実性をもとめた。それに対し、アリストテレス倫理学にそうした精密性を求めるのは見当違いであって、それぞれの主題が許すだけの正確さに達すれば充分だと考える。

(2)プラトンは倫理的徳性といった問題については、イデアの世界を認識する訓練を経た哲学者の考えに則るべきだと考えた。これに対してアリストテレスは一般の人々がもっている道徳的通念(endoxa)を尊重し、それを検討すべきだと考えた。一般人の経験の中に雑然と与えられるものに出発し、そこから帰納的に普遍的判断をつむぎだしていく方法をとったのである。

(3)倫理の著作には、人が為すべき当為を指示し、そうするように奨め説得する面と現に為している事実をを報告し、これを冷静に分析する面と、両面があるが、プラトンは前者の面が強く、アリストテレスは後者の面が強い。